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東京高等裁判所 昭和61年(う)120号 判決

被告人 淺川家弘

昭二七・三・五生 無職

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤田達雄作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林永和作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点について

論旨は、要するに、原判示第三の事実について、原判決は、被告人が意識的に被害者西川明伸を殴打した事実はないにもかかわらず、証拠の評価を誤り、信用性の低い被害者西川明伸の供述を全面的に措信して、被告人が西川を殴打して強盗致傷の犯行に及んだものと認めたものであつて、原判決には事実の誤認がある旨主張するものである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠を総合すると、被告人は、本件当日午前一一時ころから午後零時一〇分ころまでの間、原判示パチンコ店において、所携の合鍵でパチンコ遊技機前面のガラス戸を開けて当たり穴にパチンコ玉を入れるなどしてパチンコ玉数百個を窃取したが、これを同店店員西川明伸に目撃されて同店から逃走し、原判示山本方有料駐車場に逃げ込み、その奥に駐車していたトラックの陰に隠れたものの、被告人及び西川のすぐ後から同駐車場に駆け付けた同店店員渡辺孝に発見されたため、さらに逃走しようとして、同日午後零時二〇分ころ、逮捕を免れるため、両手を広げ被告人を捕えようとした西川に向つて駆け寄りざま、右手拳で同人の右顔面部を強打し、右肘を同人の下顎部に打ち当て、同人に入院加療約二か月の下顎骨骨折、口腔内裂傷の傷害を負わせたものであること、すなわち、原判示第三の強盗致傷の事実を優に肯認することができるのであつて、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討してみても、原判決に所論の事実誤認があるとは考えられない。

以下、若干の点について補説する。

まず、原判決の挙示する西川明伸の原審証言は、原判示認定にそうもので、被告人から暴行を受けた際の状況等本件犯行の主要部分に関する事実関係については、ほぼ一貫した明確なものということができ、特段不自然、不合理なところは見当たらない。

所論は、西川の右証言は、同人の司法警察員、検察官に対する各供述調書や渡辺孝の司法警察員に対する供述調書などと対比し、被告人が前記駐車場に逃げ込むのを見たのか、右駐車場内に駐車していた車両の台数、渡辺が西川に追いついた地点、渡辺が被告人を発見した際の位置、西川が立つていて被告人と接触した地点、被告人が西川に向つて走つて来た際の言動、被告人を捕えた際渡辺が被告人のポケツトから鍵を取り出したかなどの点について、一貫ないし一致していないところがある旨主張する。しかし、所論指摘の各点は、いずれも、認識・記憶に明確でないところや齟齬があつたとしても不自然とはいえない周辺部あるいは付随的な状況に関してのものであつて、原判示認定にそう主要部分についての証言の信用性に影響を及ぼすほどの重大な矛盾、食い違いとはいえない。

所論は、また、右西川が原審において、司法警察員松田喜敏作成の昭和六〇年九月一〇日付実況見分調書添付の現場の見取図(2)を示されて、これに記載された前記駐車場のほぼ中央でやや南側出口寄りの〈×〉印付近にいて、被告人に暴行を受けた旨証言している点に関し、同実況見分調書には西川が立ち会つて右の地点などを指示したように記載されているが、同人の原審証言によると、同人は右実況見分には立ち会つていないことが明らかであつて、右のように虚偽の記載がなされている同人の指示説明部分は違法収集証拠として除外すべきであつたのであり、右に基づく西川の原審証言は信用性がない旨主張する。記録によれば、所論の実況見分調書は、原審において、本文中西川の指示説明を記載した部分の一部について不同意とされたため、前記添付現場見取図を含むその余の部分について同意により取り調べられたもので、右実況見分調書には、実況見分が本件犯行当日午後一時一〇分から午後一時五〇分の間に西川を立ち合わせ指示説明させて実施された旨記載されていることが明らかである。西川は、所論のとおり、原審において、本件の際受傷した傷の痛みがひどかつたため、実況見分には立ち会つていない旨証言しているが、同人の当審証言によれば、本件後間もなく行われた右実況見分には立ち会つていないものの、警察署に残り、供述調書を取られた後、当日午後四時過ぎころ、警察官と病院に行く途中、前記駐車場に立ち寄り、被告人に殴られた場所などを指示説明しており、原審においては、実況見分には犯人が一緒に立ち会い、検尺するなどするものと思つていたため、実況見分に立ち会わなかつた旨証言したものであることが認められる。そして、西川に前記駐車場で指示説明をさせた警察官は、前記実況見分調書の作成者であることが記録上明らかである。然るところ、実況見分調書には立会人の指示説明の内容・状況等、実況見分の結果について実際の経過に即し正確に記載すべきであることはいうまでもなく、所論の実況見分調書に本件犯行当日午後一時一〇分から午後一時五〇分の間に西川を立ち会わせ指示説明させたように記載されている点は事実に反するものであつて、このような記載は違法であるというほかはない。しかしながら、本件においては、前示のとおり、時間こそずれてはいるが、右実況見分調書の作成者が西川に前記駐車場において本件犯行の関係地点等を指示説明させていることが認められるのであつて、全体として実質的に見れば、本件実況見分は同じ日に二回に分けて行われたものと見ることもできないわけではなく、実況見分調書には右経過に即し一連の実況見分の結果を一体として記載することもできた筈であつて、全く立会人の立会いや指示説明がなかつたような場合とは事情を異にしていること、そして、さほど複雑なものとはいえない本件実況見分、ことに西川の立会い、指示説明の目的ないし性質、内容にもかんがみると、前記違法の程度は、右実況見分調書中の西川の指示説明部分の証拠能力を否定しなければならないほどのものではなく、右指示説明部分についても証明力を有するものというべきである。従つて、西川が原審において前記現場見取図を示されて証言しているところも、所論の点をもつて、証拠能力はもとより、信用性のないものということはできない(ちなみに、弁護人は、原審において、西川の前記のような証言があつたにもかかわらず、前記実況見分調書中の同人の指示説明部分のみならず、右現場見取図を示されて証言した部分についても、同意の取消あるいは証拠排除等特段の申し立をしていない。)。

西川の原審証言は、十分信用するに足りるものというべきである。

これに対し、被告人は、司法警察員に対する供述調書においては、原審及び当審における弁解と同様、被害者を意識的に殴打した事実はない旨所論にそう供述をしているものの、検察官に対する各供述調書、特に昭和六〇年九月一二日付の供述調書においては、西川の供述にほぼ照応する自供をしているのであつて、右自供は捜査官に迎合したもので事実と異なるなどという点を含め、所論にそう被告人の弁解供述は、叙上の関係証拠に照らし、措信し難い。

結局、原判決の証拠の取捨選択、評価に誤りはなく、これに基づく事実認定は相当であつて、所論がるる論難する点は、いずれも原判決の認定判断を左右するに足りず、採用するに由ないものというほかはない。

論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点について

所論は、原判示第三の関係では、原判決後、被害者との間に示談が成立し、示談金二〇〇万円が支払われ、被害者が寛大な処分を願う旨の嘆願書を寄せていること、原判示第二の関係では、実質的な被害者である実兄も寛大な処分を望んでいることなどを、原判決後における情状として考慮されたいというのであり、原判決の量刑に関し、職権調査及び破棄を求めるものである。

所論にかんがみ、職権により、原判決の量刑の当否を審査するに、被告人は、昭和四九年に窃盗罪で執行猶予の判決を受けており、交通事犯で罰金刑の前科四犯を有するほか、道路交通法違反を重ね、六〇日間運転免許の効力停止の処分を受けたにもかかわらず、これを勤め先の運送会社に秘して運転の業務を続け、原判示第一のとおり普通貨物自動車を運転し、同判示第二のとおり、横断等禁止違反で警察官の取調べを受けた際、右無免許運転の刑責を免れようと、交通事件原票の供述書に実兄の氏名を冒書して、右警察官に提出行使したほか、右各犯行について起訴された後に、さらに前記の原判示第三の強盗致傷の犯行に及んだものであつて、法規範軽視の傾向は顕著であり、右強盗致傷の犯行については、被害者に対し、明らかに意識的に強打したのでなければ生じ得ないような、右下顎角部及び左犬歯部完全離断等を伴う下顎骨骨折等の重傷を負わせながら、右傷害は被害者を意識的に殴打した結果生じたものではないなどと不自然、不合理な弁解をしており、真摯な反省悔悟の情を認め難く、被害者において容易に示談に応じようとしなかつたのも無理からぬところがあることなどを考慮すると、犯情は甚だ悪質であり、被告人の刑責は到底軽視し難いものといわなければならない。従つて、強盗致傷の犯行については、いわゆる事後強盗の事犯であつて、同じく強盗致傷罪をもつて問擬されるものではあつても、当初から強盗を企図し被害者に傷害を負わせたというような態様のものではないこと、被告人は、被害者に原判示のような傷害を負わせた責任が自分にあること自体は認めており、全く反省の情がないわけではないこと、前記の前科、前歴はあるものの、これまで刑務所に服役したことはないことなどのほか、所論指摘のように、原判決後、被告人の母親らの努力により、被害者に対し、二〇〇万円を支払い、示談が成立しており、被害者及びその母親、そして被告人の実兄や母親からも、寛大な処分を望む旨の嘆願書が提出されていることなどの原判決後の情状を併せ、被告人の有利に斟酌しうる一切の事情を考慮してみても、原判決の懲役四年六月(未決勾留日数五〇日算入)の刑は、やむを得ないところであつて、当審においてもこれを推持すべきものというべきである。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条に従い当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 船田三雄 半谷恭一 龍岡資晃)

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